時は今
静和は、どこかでよく聴く言葉のように「そう想われて幸せだったのだ」という慰めのような言い方はしなかった。
かえってそれが由貴には誠実なものに聴こえた。
思い込むことは楽な方法ではあるけれど、由貴は由真の気持ちを決めるようなことはしたくはなかった。
由真の心は由真のものだ。
つらかったことも幸せだったことも、ひとりで持って行ったのだろう。
それを悲しむのは違う。
それよりも大事なのは、由真とふれあった時間だろう。少なくとも由貴にはそうだ。
「静和さんが俺に話しかけてきた理由って…?」
ふっと由貴の口からそんな言葉がこぼれた。
少なくとも静和には理由があったから由貴にアプローチをしてきたのだ。
その理由とは一体──。
『理由は、ふたつあります。ひとつは、妹の涼のこと。もうひとつは、僕の恋人である揺葉忍のこと』
涼のことは由貴にはすんなり理解出来た。静和を失って傷ついているだろう心中を察することが出来たからだ。
「涼…。そうだね。涼は確かに静和さんを失って悲しんでいると思う」
『はい』
「ところで揺葉忍さんという人は…」
『私的なお願いになるようで心苦しいのですが、忍には今、僕の姿が見えています。それも、猫の姿ではなく、生前のままの人の姿で。触れることも、会話することも出来るのです。逆に、忍の姿が生きている人の目に見えなくなっているということが起こっているのです。忍はまだ生きているのに。生きている人間に僕の姿が見えたり、忍が生きている人間に見えなかったりするのは、本来あってはならないことなのです』
由貴は息を潜め、静和の語った言葉を冷静に理解しようとする。
「ちょっと待って…。それって、忍さんという人は今どういう状態なの?生きているのに生きていないみたいだということ?」
静和は頷いた。
『忍は、桜沢静和が亡くなってから、ここひと月ばかり、眠っていました。その間僕は忍のそばにいました。肉体が死ねば冷たく硬くなり朽ちてゆくものですが、忍はあたたかいままでした。つい先日目を醒ましたのですが、忍は何も食べようとしません。食べる気持ちも起きないし、食べなくても平気だというのです。僕にも忍の身体がいったいどうなってしまっているのかがわかりません。本当に食べなくても大丈夫なのか』