三日月の下、君に恋した
21.自覚しろ



 縁側で電話を切ったあと、急に空が暗くなっていることに気づいた。晴れていた空に薄墨色の雲が集まっていて、雨が降りそうな気配だった。

 春になって、庭に雑草が目立ち始めた。来週あたり遅れている桜が咲くかもしれない、と航は思った。


 隠したかったのは、あの本のことじゃない。少なくとも母にとっては。


 あの本が出版された当時、母が住んでいたのは小さなアパートで、実家ではなかった。


 本の最後のページにわざわざ実家の住所を残したのは、おそらくそこに自分がいることを──今いる場所を離れて実家にもどったということを、知らせるためだったんじゃないか。

 つまり母は、自分のほんとうの居場所を隠そうとしたのだ。何も知らない小さな女の子にまで嘘をつくほど、徹底的に。


 菜生は母のそんな事情など知らないから、あの住所に北原まなみが住んでいて、そこから手紙が送られてきたと信じている。実際は、当時あの住所に住んでいた祖母が転送していたのだろう。


 そうまでして、母が居場所を隠し続けた理由はひとつ。たったひとりの人物が、自分に辿り着かないようにするため。


 その人物に、航は近づこうとしている。そして近づけば近づくほど、母の秘密が重くのしかかってくる。まるで、責めているみたいに。
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