三日月の下、君に恋した
24.まあいいや



 ノートパソコンをたたんで会議室を出ると、時計の針は十時半をまわっていた。


 もう誰も残っていないだろうと油断して、席に着くなり大きなため息をつくと、どこからか間延びした欠伸が聞こえてきた。

 営業企画部の島のいちばん端、うず高く積まれた資料の山に囲まれた席──山路均(やまじひとし)の席だった。


 いつもいるのかいないのかわからない人だったが、資料の山から生えたように両腕が現れて、伸びをしている山路と目が合った。

「あれ。まだいたのか」

 山路はのんきな調子で航に声をかけ、うう、とか、ああ、とか言って、椅子に座ったまま体をひねったり伸ばしたりした。


「山路さん、まだ帰らないんですか」

「いやあ、そろそろ帰るよ。あんたはまだ帰らないの」

「もう少しだけ」

「がんばるねえ」


 山路は五十に近い年齢だが、肩書きはなく、毎日遅刻ぎりぎりに出社してくる。
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