三日月の下、君に恋した
「この家、売るのやめた」

 ふいに航が言った。

「ほんと?」


 はじめて訪ねたときから、菜生はこの家が好きになった。

 あれから何度かふたりでここへ来ているけれど、そのたびに菜生は航に許しをもらって、庭の手入れをしたり部屋を掃除したりした。

 何よりも、この縁側に座って、庭を眺めるのが好きだった。


「せっかく菜生がきれいにしてくれたし。お袋もこの庭が好きだったから」

 彼はちょっと懐かしそうな目をして、雨に光る庭を見た。


 いつのまにか頭上を覆っていた雲が晴れ、白く透明な三日月が夜空に架かっていた。

 菜生は立ち上がって、庇の先に手を伸ばした。庇から落ちる雨粒を、てのひらに受けとめる。


「花、植えてもいいですか」

 振り向いて、航に聞く。

 彼は笑って、「どうぞ。好きなだけ」と言った。


 何を植えようかと考えながら、菜生は縁側に座り、バッグからハンカチを出して濡れた手をふいた。手の中の色褪せたハンカチを見て、ふと気づく。


「このハンカチ……早瀬さんが選んでくれたんですよね?」

 航はぎょっとしたように菜生を見た。

「えっ? 何で知って……」

「北原さんからの手紙に、そう書いてあったから。高校生の息子が選びましたって」
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