三日月の下、君に恋した
13.残された絵



 ひととおり部屋の掃除を終えて縁側に出ると、さっきまで曇っていた空が晴れて、庭にやわらかな陽射しが降りていた。


 航は縁側に座って、懐かしい面影の残る広い庭を眺めた。母のお気に入りだった庭は、もう長い間住人のいない家らしくすっかり荒れ果て、様変わりしていた。


 両親が事故で死んだとき、航は大学の近くにアパートを借りて住んでいた。それから一度も、この家にもどってこようとは思わなかった。

 ひとりで住むには広すぎたし、通勤にも不便だった。そしてそれ以上に、この古い家には去っていった二人の、家族三人の思い出がありすぎた。


 今も、家の中は彼らが最後に家を出たときのまま、ほとんど変わっていない。住む人を失った家だけが、置き忘れられた時計のように、この場所で人知れず年月を刻んでいる。


 通りぬける風が、ほんの少し春の匂いを含んでいた。まもなく桜の季節だと気づいて、庭の真ん中に生える大きな桜の木を見た。


 誰も世話をしないのに、桜は毎年けなげに花を咲かせた。その時期になると、あたり一面、薄色の花弁で埋めつくされる。荒れ果てた無惨な庭も時間を巻きもどしたように美しく見えて、ほんのいっとき救われる気がした。

 けれども、今はまだ硬く蕾を閉ざしたままで、花が咲く気配はすこしも見えなかった。


 そろそろ、この家を手放すべきかもしれない。
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