三日月の下、君に恋した
 四年前の春、母の部屋から一枚の絵を見つけた。


 絵は、誰の目にもふれない場所に──母の箪笥の奥に布に包んで隠すようにしまってあった。六号くらいの日本画で、見栄えのしない安物の額縁におさめられていた。


 見たとたん、魂が揺さぶられたように思った。


 月のない夜の、奥深い山の原生林を描いた絵だった。色は日本画の絵の具で群緑(ぐんろく)と呼ばれる、群青(ぐんじょう)と緑青(ろくしょう)を混ぜ合わせた色が使われていた。


 ただひとつの色が、どうしてこんなに静謐で透明な世界をつくるのかと思う。


 青い影の世界にいきづく、目に見えない生命の鼓動だけが刻まれている。永遠に続く孤独な祈りのように。

 怖いくらい引きこまれるその感覚を、航は知っていた。


 はじめて見るのに、どこかで見たことがある。


 どこで見たのか気づくのに、それほど時間はかからなかった。


 その絵は、『三日月の森へ』の表紙の絵と似ていたのだ。日本画のほうは三日月は描かれていないが、構図も色も同じだった。


 日本画にサインや落款は見あたらない。それでも、同じ画家が描いたものであることは、疑いようがなかった。
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