弟矢 ―四神剣伝説―
乙矢と弓月が、狩野と対峙している頃――

他の五人は、右手……東側の森を突っ切った後、二手に別れ、蚩尤軍の背後に回り込んでいた。


「奴は……役者には成れぬな」


滅多に軽口は叩かない長瀬がボソッと呟く。


「まあまあ、それでも乙矢どのの熱意でこちらに回って正解でした」

「確かに、ざっと百を超える程度であろうか。少なくて幸いであったな」


この長瀬の台詞を聞けば、乙矢はひっくり返っただろう。だが、西国に駐留する本隊が動けばざっとこの三倍以上になったはずである。


「やはり本隊は、街道を先回りさせていたのでしょう。いよいよ『青龍一の剣』をこの里に持ち込んでいる可能性が高くなりました」


凪の言葉に嫌でも緊張が走る。


「しかし、あの高い柵はなんでしょうか? 囲いなど作らずとも、百人の兵士で囲めば済みそうなものを。なんと言っても七割方、女子供と年寄りなんですから」


新蔵の疑問は尤もだ。

人質の周囲に敵兵は十人程度しか配置されておらず、ほとんどが広場を挟んで、凪らの反対側に陣を敷いている。

そして、新蔵が建物の陰から見上げると、里で一番高い屋根を持つ武器庫の上に数人の弓兵が待機しているのがわかった。それも凪の読み通りだ。

後は、武器庫に回った正三と弥太吉が事を起こすまで、弓月と乙矢が引っ張れるかどうか……。


『青龍一の剣』を取り戻すためには、避けて通ることはできぬ『鬼』。弓月が窮地に陥れば、乙矢は本当に神剣を抜くだろうか?

今ひとつ、乙矢を信じきれない新蔵だった。


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