弟矢 ―四神剣伝説―
「お、乙矢殿……なぜ、こんな無茶を」


弓月の声は涙で上ずり、苦悩が滲み出ていた。


乙矢の左肩に、『青龍二の剣』が突き刺さっている。いや、こうするために、乙矢は飛び込んだのだ。

長瀬は「拙者が囮になる。『青龍』はこの身で止める」そう言った。

鬼が目覚めた神剣を、正三の手から引き離せばいい。そのために、乙矢は自分の体を鞘代わりに使った。そして、引き抜かせないため、乙矢は正三の両手を渾身の力で掴む。


「正三……しっかりしてくれよ。弓月殿を斬ってどうすんだよ。頼むから、戻って来てくれ」



――敵だ。斬れ。斬らねばならぬ。さあ、勇者よ、敵を斬るのだ。


「斬れ……敵だ。斬らねばならない……敵を」


すぐ近くで聞き、初めて正三の言葉が聞き取れた。

それはまるで呪言のように、口の中で繰り返し、繰り返し呟いている。乙矢は、それを打ち破るように、声を張り上げた。


「俺は敵じゃねえっ! 正三、目を覚ませっ!」


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