弟矢 ―四神剣伝説―
不意に、一矢も身を翻し『鬼』に向かって疾走する。

すれ違い様、一矢は『鬼』の首を刎ね飛ばした。脇に避けた蚩尤軍兵士の真ん中に、その首が転がり……混乱した彼らの数人が、闇雲に一矢に斬りかかった。

その様子に慌てるでもなく、あっという間に十人近くの敵を斬り伏せる。

それは、到底、鬼に乗っ取られた所業には見えない。明らかに神剣を制して戦っている。その恐ろしいほどの剣捌きに蚩尤軍兵士どもはこぞって逃亡を始めた。


「貴様ら! 逃げる者は刀の錆びにしてくれるぞ!」


西国の蚩尤軍を統括すべき武藤は、逃げ出す部下をその手で斬り殺した。まさに狂気の沙汰だ。

やはり自分が、と『青龍一の剣』に走り寄ろうとしたが、その肩を狩野が押さえた。


「離されよ! さもなくば斬る!」

「まあ待て、武藤殿。――あの方の素顔を見たいとは思わぬか?」

「何をこんなときに」

「こんなときだからこそ、見れるやも知れぬぞ」


勇者の誕生か、と言うときになって、狩野は顔に冷酷な笑みが戻っている。武藤にはさっぱりわからない。


「では、せめて『一の剣』を」

「本物の爾志一矢が現れた以上、どのみち『青龍』では役者が足らぬわ。――ここは引こう」


それぞれに敗走を始める兵士に紛れ、狩野らも姿を消した。


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