弟矢 ―四神剣伝説―
自分の部屋に戻る前に、凪と一緒に訪ねたので場所はわかっている。

その時は、鬼に乗っ取られかけた精神的疲労が大きいのか、正三はまるで目を覚ます気配はなかった。


スッと引き戸を開くと、正面の格子窓から月明かりが差し込んでいた。


乙矢の寝かされていた部屋より一回り小さいが、そこは畳の間だ。経年相当の傷みはあっても、腐って床が抜けるほど酷くはない。

夏の夜風がサワサワと部屋の中に注ぎ込み、左頬にも吹き付けた。

乙矢の部屋には、高い位置に格子窓があるだけなので、髪が靡くほどの風は望めない。見回すと、廂へ向かう障子が開いている。しかし、先ほど訪ねた時、障子はきちんと閉じられていたはずだった。

ふと気付くと、寝間に正三の姿がない。

乙矢は月明かりに導かれるように、廂のほうへ歩を進める。

そして障子の向こうに見えたのは……臥待月(ふしまちづき)の下で、自らの腹を引き裂こうとする正三の姿であった。


「ば、馬鹿野郎! 何やってんだっ!」


肩の痛みも忘れ、飛びついて正三を止める。


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