弟矢 ―四神剣伝説―
凪の言葉に長瀬が呼応し、弓月も来た道を引き返そうとした時だった。


「それはできぬ」

「何ゆえです!? 里人を見殺しにはできません。私は正三と約束したのです。すぐに戻ると」
 

番士の体から流れ出る血は、土間を伝い、弓月の足元まで辿り着いた。

草履越しに感じる生ぬるさに、娘じみた悲鳴を上げそうになる。だが、その足先に一矢の視線を感じ、弓月はわざと力を入れ、土間を踏み締めた。
 

「このまま戻っても多勢に無勢。ましてや神剣が手元にない今、我らに勝ち目はない。ならば、南国の皆実に向かい宗次朗殿と合流を果たすのが良策。そうは思われぬか? 遊馬の宗主殿」

「一矢どの。お言葉ですが、里には正三がおります。一門の剣士を見殺しにするわけには参りません」


一矢の問いかけに答えたのは凪だ。


「ならば尚の事、奴が里を守るであろう。全ては蚩尤軍を倒すため、大義のためには多少の犠牲は止むをえぬというもの。違うか?」


不覚にも、その言葉は弓月の胸に動揺を誘った。


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