弟矢 ―四神剣伝説―
「ほう、驚いた。遊馬凪か……かつての天才剣士も、今では一門のお荷物とばかり思っていたが。どうやらその剣気、私に悟られまいと隠しておったようだな」


そんな一矢の問い掛けに、凪も負けじと答えた。


「さて、どうでしょうか。剣聖とうたわれた御仁も、真の姿は鬼の手先に過ぎぬ場合もございますゆえ」

 
その凪の言葉に、ようやく一矢も頬を歪ませる。

弓月相手には悠々たる様を見せるが、凪ではそうも行かぬらしい。



狩野の登場は一矢にとっても計算外の出来事だった。しかも『白虎』を持ち出すなど。

一矢が本拠地にしていたのは、街道を進めばここから三十里近く離れた白鷺の名を持つ城だった。そこに置かれた神剣が、なぜこのような吉備の北端で暴れ始めたのか検討もつかない。

狩野が、神剣を抜いた乙矢に敗れたのがほんの二刻前。馬で駆けても往復できる距離ではない。ならば、初めから『白虎』を持ち出していたことになる。だが、それなら乙矢相手に抜いたはずだ。

 
一矢はすぐに口元を引き締め、凪の挑発に乗ることはなかった。

さりとて、胸に凪の刀を突き立てたまま、うつ伏せに倒れる狩野に近寄ることもせず……。


『朱雀』を腰に下げた鬼は、飄々たる面持ちで遊馬一門の前に立ちはだかる。

山あいを吹く風は少しずつ温度を上げ、弓月らの肌をなめるように通り抜けた。ただ、無作為な時が流れる。

一矢は、初めから敵であったと告白した。だが、自身が仮面の男――蚩尤軍の大将であるとは言わない。


乙矢を信じて待つしかない。だが、この時間稼ぎは本当に正しかったのか。凪の胸に不安がよぎった。


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