弟矢 ―四神剣伝説―
狩野が『白虎』を手に現れた時と同じく、事態は報告とまるで違っていた。

いや、今思えば……乙矢が『青龍一の剣』を抜いたと聞かされただけだった。都合よく死んだと思い込んでいたが……。錯綜する一矢の意識を、朱色の濃霧が覆い隠す。次第に混乱は収まり、一矢の心は落ち着きを取り戻した。

そんな一矢の脳裏にいつもの声が響く。


――乙矢を殺せ。乙矢は敵だ。乙矢を殺すのが『朱雀』の勇者たる宿命(さだめ)。


そうだ。

『朱雀の勇者』は『白虎の勇者』を殺さねばならない。それは、一矢に定められた使命なのだ。


神剣を手に鬼を斬り捨てた乙矢の姿に、呆然とした一矢だったが……。わずかな時間で、それも新蔵の罵声のおかげで、すぐに立ち直りを見せた。


「あやかしの術? 何を言う……貴様が乙矢を恨み、妬んでの所業ではないか。私は貴様の背中を押してやったに過ぎぬ。折角『青龍二の剣』を持たせてやったというのに……役に立たん男だ」


その言葉に、遊馬一門の顔色が変わった。一矢はその機を見逃さない。動揺を誘うため、更に言い募った。


「そうそう『青龍二の剣』を滝に落としたのであったな。大事な神剣を失くすなど、前代未聞の失態であろう。よくぞ、生きて姫君の前に顔を出せたものだ。貴様ほどの愚か者はそうそうおるまい」


それは、新蔵には禁句だ。一矢は、新蔵の泣き所を巧妙につき、挑発する。


「なんだとぉっ! よくも勇者の名を騙り、我らを謀ったな! 貴様だけは許さん!」

「おい、新蔵――待て!」


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