弟矢 ―四神剣伝説―
ブナの木には、確かに剣の刺さった跡がある。なのに、神剣がどこにもない。

駆けつけた正規軍の兵士たちは大勢いる。彼らは全員に、神剣には指一本触れてはならない、と徹底した通達が廻っているはずだ。

『朱雀』に触れることができるのは、鬼を内在させたまま神剣を掴むことのできる一矢と、『白虎』の勇者である乙矢、そして、本人は気付いていないが『朱雀』を手に斬りかかりながら、自ら手放すことのできた弓月の三人。

可能性だけなら凪にもあるが……自分はその器ではない、と凪自身が悟っていた。


乙矢は知らず知らずのうち、左手に『白虎』を握り締めた。


嫌な予感が胸をよぎる。速まる鼓動が左手を伝わり――ゆっくりと、『白虎』の鬼が目を覚ます。

その瞬間、乙矢の脳天に落雷が直撃した。それは紛れもなく、『朱雀の鬼』の波動。



「き、きさま、なんだっ!」


突如、正規軍兵士の叫び声が上がった。

狩野の遺体を回収していた兵士が背後に殺気を感じ、振り返った時――彼は、眉間から胸元まで切り裂かれ、血飛沫を上げて絶命していた。

隣にいた兵士は、振り返る寸前に首を落とされる。突然の出来事に、逃げようとした別の兵士は背中から斬られた。

『朱雀の鬼』は大量の返り血を浴びながら、真紅に輝く刀身を天に突き上げる。そして、歓喜の雄叫びを上げたのだ。


「鬼だ! 逃げろ、赤い鬼だぁーーっ!」


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