弟矢 ―四神剣伝説―
刹那――宗次朗はこの状況に不釣合いな微笑を浮かべたのだ。


「そう、じろうさん? 何を」


乙矢が全てを尋ねる前に、宗次朗は答えて見せた。彼は自ら『白虎』の刃先に飛び込む。


「宗次朗さんっ!」


『白虎』が宗次朗の頚椎を貫いた直後、乙矢は慌てて剣を引く。

宗次朗は『朱雀の鬼』ではない。勇者とて人間だ。それは文句なく致命傷となるはずであった。一歩二歩とよろめくように、宗次朗は崖に向かって後退する。

宗次朗が口を開いたとき、喉から空気の漏れる音がした。


「腰……抜け、め。勇者に討たれて……死にたかったものを……。一矢が、勇者であれば……よかったのだ」


渓谷を吹き抜ける風と共に、宗次朗の呪詛めいた声が乙矢の耳にも届く。


斬れば良かったのかも知れない。

今、この時も――宗次朗にこの手で止めを刺せば良いのかも知れない。

わかってはいても、乙矢にはできなかった。

家族を失い、ようやく再会できた兄すら死んだも同然。この上、血の繋がった従兄まで、何故自らの手で斬れねばならないのか……。

例え仇であろうと、できないものはできない。


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