弟矢 ―四神剣伝説―
「ごめん正三……やっぱ俺に一矢は殺れねえ。屍だとわかっていても……腕は落とせても、殺すことだけはできないんだ! 弓月殿、すまないっ!」

「いやぁっ! 斬らないで、一矢殿っ!」


届くはずのない願いであった。


最早、魂までも鬼と成り果て、木偶(でく)となった一矢に聞こえるはずはないと思われた。


しかし――丸腰の乙矢に向かって振り下ろされる『青龍一の剣』から、瞬時に鬼の気配が消えた。


「なるほど……だから『白虎』は選んだのだな……おまえを」


一矢の双眸に人の命が宿り、慈愛に満ちた眼差しが甦る。

それは、己に巣食う鬼と戦いながら幾星霜――弟を見守り続けた兄の、鎮魂の祈りであった。


蒸せるような暑さが途切れる。

断崖に清涼たる風がそよぎ、ふたりの同じ長さの髪を靡かせた。 


一矢の頬にそぞろ笑みが浮かぶ。終の別れを悟り――乙矢も笑みを返した。それを見届けると、一矢は『青龍一の剣』を手放したのだった。


勇者であることを願う余り、鬼に身を落とし――爾志一矢は自らの意思で、十八年の生涯に終止符を打ったのである。  


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