弟矢 ―四神剣伝説―
「痛っつ……くそったれ」


悪態を吐く乙矢の後ろから、一人の老婆が近づき、声を掛ける。


「なんだい、舟女郎の客数をごまかしてたのがばれたのかい?」

「……っるせえ」

「ドンくさい坊やだねぇ。ああ……そうだ、あんた『かずや』って兄貴はいるかい?」


一瞬で乙矢の顔色が変わった!


「なんか妙な男どもがあんたのこと聞きに来てたよ。知らないって言っといたけどね」

「あ、ああ……そう、か。悪いな……お六ばあさん、世話になったが、俺、宿場を出るわ」

「出たって同じことじゃないのかい? お前さん、一生逃げ続ける気かい?」


お六の質問に、乙矢は苦々しげに顔を歪めた。


「あいにくと、それほど長い一生にはなんねえよ。棺桶に、片足突っ込んでるようなもんだからな」

「おゆきちゃんが泣くよ」

「そんな湿っぽい仲じゃねえさ」


乙矢が庇った女郎の名だ。

三ヶ月前、この宿場に流れ着いた時、乙矢を拾って食わせてくれた女だ。二十歳を過ぎた辺りだろうか、物心ついた時から、春を売って生計を立てているという。

お六は誤解している……乙矢がおゆきを庇ったことに、好いた惚れたの感情はない。

ただ、ぶちのめされて、いっそスッパリ殺されたら楽になれるんじゃねえか、などと考えただけだった。


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