弟矢 ―四神剣伝説―
「それだけではありません。宿場での戦闘中に、弥太を庇ってくれました。あなたはいち早く矢に気付き、身を伏せようとした。なのにが、突然避けるのを止めた」


見えないはずなのに、どうしてそこまで……と乙矢が考えた時、


「見えぬゆえ、現実の障害など意味を為しません。私は、気配や音にはいささか敏感です。あの位置では私に弥太は守れなかった。あなたが避ければ矢は彼の顔面を射たでしょう」


心を読まれたかのような返答に、驚きを隠せない。


「……そのこと、弓月殿に話したのか?」

「皆に話しました。弓月どのは気づいておられました。新蔵などは俄かに信じ難い様子でしたが」


乙矢は深く息を吐きながら、どうにか言葉を繋ぐ。


「そりゃあ、そうだろ。別にそんな立派なもんじゃねえさ。矢が飛んでくるのに気付いたけど動けなかった。そこにあのガキが居たんなら、それは偶然だ。俺は、一矢じゃないんだから」


凪は何も答えず……静かに肯いた。

その微妙な間に、乙矢はピリピリした気配を感じる。それは、静かな怒りであった。


「そうですか。あくまで偶然と申されるなら、それでも構いません。ですが、あなたは確かに、一矢どのではない。気の質がまるで違います。――天は酷なことを為さる。僭越ながら、あなたはもう少し自信と自覚を持たれるべきだ。失礼」


この時の乙矢には、凪の怒りの理由がまるでわからなかった。


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