弟矢 ―四神剣伝説―
そんな弓月を見て、乙矢の鼓動は早まる。それが、体に残った毒のせいでないのは確かだ。

弓月の身なりは少年のままだ。そして、生来が勝気な性分なのだろう。男勝りの印象は拭えない。だが、その仕草や声音には、姫と呼ばれるに相応しい気品が漂っていた。山奥の崩れかけた廃寺に佇んでいても、決して損なわれることはない。

乙矢の姉、霞(かすみ)も美しい女性だった。しかし、弓月はそれ以上に生気に満ちている。


姉のことを思い出し、いい加減、けじめぐらいはつけて置かなければならない、と思い直して乙矢は体を起こした。


「くっ、痛ぅ」


失血死寸前まで、毒を抜かれたらしく、刺し傷より二の腕の傷口が痛んだ。眩暈を覚え、体もふらつく。まあ、そうでもしなければ、とうの昔に三途の川を渡っていたに違いない。


「何をなされます。まだ横になっておられなくては」

「いや。ちゃんと挨拶してなかったからな」

 
乙矢は、布団――数年前まではそう呼ばれていたはずの物の上に、キッチリ正座すると両手を太ももの上に置き、軽く頭を下げた。


「お父上と兄上夫婦を亡くされたと聞きました。お悔やみ申し上げます。我が爾志家は、筆頭でありながら、『白虎』を奪われました。大変、申し訳なく思っております」


そのまま深く頭を下げようとして、再びふらつき、弓月が手を差し伸べる。


「乙矢殿! 大丈夫でございますか?」


この時、鄙びた寺の一室とはいえ、乙矢たちは二人きりだった。


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