ふたり。-Triangle Love の果てに
~相原泰輔~
「おやすみ」
俺は踵を返した。
マコの呼び止める声がしたが、振り返らなかった。
うぬぼれ、か…
笑いが込みあげてくる。
あいつの言う通りだ。
うぬぼれていた。
俺が他の女と寝ることに、妬くものだとばかり思っていた。
ああ、今夜は冷える…特にな。
AGEHAの前まで来ると、「あれっ」とひょろ長い影が俺を見て言った。
「泰輔さん、どしたんですか。てっきり…」
「女といると思ったか」
「ええ、まあ。あんなこと頼まれるの初めてだったから」
勝平という若い男が頭をかきながら、照れくさそうに笑う。
「本命の方とご一緒なのかと…」
「俺に本命も遊びもない。つまんないこと言ってないで、車を回して来い」
威勢のいい返事を残して、勝平は裏へと走っていった。
Yesterdayをあの女と出た後、予約してあるというホテルのスイートルームに俺たちは向かった。
ウキウキした様子で女はまとわりついてくる。
だが、俺はこの時全く別のことを考えていた。
カウンターの向こうから、俺と女を交互に見つめるあの瞳。
そう、マコのあの悲しみにあふれた瞳。
目を見ると、おまえの心のうちが手に取るようにわかる。
潤んだように一瞬見えたのは、確かだ。
Between the sheets。
そしてそのカクテルを出した時のマコの顔が忘れられない。
先ほどとはまるで違う、無表情さ。
何の感情もない、仮面のようなその顔。
マコ…
俺はおまえが好きだ。
俺の言動に一喜一憂する素直さも。
そうやって感情の全てを圧し殺してふるまう、そのけなげさも。
俺は愛しいと思う。
会う度にそんなおまえに惹かれていったことに、間違いはない。
どこまでも透明で奥行きのある美しさにかなう女は、そうはいない。
俺のものにしたいとさえ思っている。
それほどにマコ、おまえが好きだ。
だが、おまえを想っているにもかかわらず他の女と過ごすことを、俺は謝るつもりはない。
言い訳をするつもりも、おまえの機嫌をとるようなこともしない。
俺たちはそういう関係でなければならない。
ただの客とバーテンダー。
同じ施設で育った孤児同士。
それだけだ。
それ以上でも、それ以下でもない。
多くを望んではいけないのはわかっているのに。
できることなら、その艶やかな黒髪を撫でたいと思う。
夜の世界で懸命に生きるその姿を、人目もはばからず抱きしめたいと思う。