ふたり。-Triangle Love の果てに
~片桐真琴~
あんなことがあってからも、泰兄はYesterdayにやってきた。
何事もなかったように、何食わぬ顔で私のカウンターに座る。
以前とは違った、ぎこちない雰囲気。
それを作り出しているのは、他の誰でもない私。
話しかけることも、彼の顔を見ることさえも普通にはできない。
何かを言われても他人行儀な口調で、「はい」とか「そうですね」と短く答えるだけで、それ以上は話が膨らまない。
バーテンダーとしては致命的。
素人もいいところ。
でもそれは相手が彼だから。
相原泰輔だから。
どんなに嫌なお客さまに対しても、私はそれなりにうまく対応してきた。
その自信はあったのに。
なのに、この人の前だけではそれができない。
意識すればするほど「バーテンダー」じゃない自分がいる。
彼の前では、糊のきいたカッターシャツも、後ろでまとめた髪も、そして赤い口紅さえも私の「仮面」にはなり得ない。
相原泰輔の前では、全てを引きはがされてしまう。
わかってるの。
恋の仕業だって。
彼に恋しすぎてるからだって。
客とバーテンダーとして割り切れないのも、
彼を見ると落ち着かなくなるのも、
全部彼に恋してるからだって。
「かなり気が散ってるみたいだな」
「えっ?」
「ウィスキーはウィスキーでも、俺が頼んだのはジャック・ダニエルだ」
目の前で泰兄はグラスを揺らし、目を伏せながら笑った。
「申し訳ございません、すぐに作り直します」
どうしよう、私ったら最低…オーダー間違えるなんて。
慌てて新しいグラスを手に取ろうとして、手を滑らせた。
カシャン!
横に並べてあった繊細な造りのカクテルグラスが横倒しになる。
それにますます焦る私。
「作り直さなくていい」
「でも…」
顔をあげると、思いっきり目が合ってしまった。
少し翳りのあるその目元。
「作り直さなくていい。おまえがこんな初歩的なミスをするのは、俺のせいだろ。俺がここにいるからか」
何もかも見透かしたように、泰兄は言った。