コイン★悪い男の純情
4話 出会い
 純一の母親の吉見たえが脳梗塞で倒れたのは、およそ1年前だった。右半身不随になり、それ以来、気分が余程優れない限りは、寝たきりの生活を送っていた。

 吉見淳也は、芝純一の偽名で、それまで東京、福岡、名古屋で転々と今の仕事を行っていた。母親の病気の再発を考え、いつでも対応できる実家に近い危険な大阪で、純一は仕事をするようになったのだ。

(母親が死ぬまでは、やばい大阪で用心深く仕事をするか)

 獲物の情報収集に力を入れ、報酬は出来るだけ低く、引き際を出来るだけ迅速に。無理をしないよう、欲を出さないよう、純一は仕事をしていた。

(警察に捕まり、母親を悲しませる事だけは死んでも避けたい)

 純一は阪急電車の車窓を眺めながら、ぼんやりと母親の事や、大阪での仕事の事を思い巡らしていた。


 桂駅で電車が停車し、純一は電車から降りた。
 純一は本名の吉見淳也に戻った。

(母親の顔が、また見られる。危険でも大阪に帰ってきて本当に良かった)

 母親の元気な顔が見られると思うと、淳也は足早にタクシー乗り場に向かった。


 ヘルパーの綾瀬かんなは昨日の夜、サービス提供責任者から勤務のシフトのメールを受け取っていた。

 「2時から3時は吉見さんか」

 かんなは吉見さんの家に向かって自転車を勢い良く漕ぎ出した。

 「今日は、綾瀬です」

 かんなは玄関を開けた。


 「あっ! くさい!! 何よ、この臭い・・・。いやな予感がするなあ」


 きっと、大便と小便の臭いが混ざり合っている臭いだろう。


 息もしたくない。 

 
 「吉見さん、何かあったの?」


 かんなは、たえが寝ている部屋まで走って行った。





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