コイン★悪い男の純情
 「裏だ」

 コインはこれからの純一の生き方を暗示するように裏を指していた。

 「やはり裏か。裏も表もコインのように、裏も表も俺だ。裏があれば、表もある。それが、人間だ」

純一はジョッキの中に手を突っ込むと、ザクッと100円玉を鷲づかみで握り締めた。

 マンションを出ると、純一は近くの公衆電話ボックスに滑り込んだ。

 「もしもし、芝です」
 「ええ、芝さん・・・」

 「ええ、先日、映画を見に行こうとお誘いした、あの芝です」
 「ああ、芝さんですか。私は縁が無かったと、もうあきらめていましたわ。何か・・・」

 「ああそうでしたか。わかりました。お電話して申し訳ありません。それでは、これで、しつ・・・」

 「あっ、お待ちになって。折角お電話下さったのに。そんなに慌てなくても。映画のお誘いではなかったのですか」

 「実はそうなんです。電話が遅れたのは、あなたをお誘いする映画が、生憎無かったもので」

 「そうでしたか。何かいい映画はございまして」
 「ええ、何とか。『ドリーム・レディ』は見られましたか」

 「まあ、『ドリーム・レディ』 私、とっても見たかった映画ですわ」

 「ご都合はいかがですか。土曜日の午後なら、病院はお休みだろうと思いまして」
 「今日ですか」

 「ええ。今は2時ですから5時頃、梅田まで出られませんか」
 「どうしようかな」

 「もうチケットは2枚購入しているのですけど」
 「まあ、仕方のない人ね。それなら断れませんわね」

 「芳恵さんは、梅田はどの辺りをよくご存知ですか」
 「阪京百貨店にはよく行きますので、あの辺りなら」

 「その並びにある阪京交通社はご存知ですか」
 「よく存じておりますわ」

 「では、阪京交通社の前で5時に」
 「5時ですね。では、失礼します」


 妹の真美恵は姉の電話に聞き耳を立てていた。

 

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