わたしの姫君
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昼過ぎに通ったばかりの町の入口を出て、再び辿ってきた道をルシアは戻っていた。うっかり寝すぎたせいで、すでに就寝時刻をとうに越してしまったが、急ぎ足で向かえば大丈夫だろう。気を使って歩く仲間もいなければ、ルシアは体力には自信がある。今朝訪れたばかりの丘を目指して、ルシアは無言で歩いた。
半月がぼんやりと辺りを照らす。
明かりはそれだけ。
ランタンを持ち歩くのも考えたが、魔物が襲ってきたときに邪魔になる上に、火が森に移って火事になることも避けたかった。それに、夜目はきくほうだ。
月を浮かばせた夜空は深い紫色をしている。ルシアは月の光を、夜空に似た色の眼に吸収させながら、明け方そうしたように、丘の上から町を見下ろした。まだいくつかの明かりが点々と輝いている。あの中に酒場もあるのだろうか。そんなことを考えながら、しばらくぼんやりしていたときだった。
風がルシアの頬を鋭く走った。
ぴりっとした痛み。それがルシアの頬にある。
ルシアは親指で血の滲んだ頬を拭い、そのまま血に塗れた指をぺろりと舐めた。
――風じゃない。
獣。それも二頭。月の光だけでは獣の姿形まではわからないが、金色に輝く鬣と、ぎらぎらと光る両目だけがぽっかり浮かぶようにして、ルシアを睨みつけている。