キオクノカケラ
「やるのか、やらないのか。選べよ」


「…………」


生きるか、死ぬか。

ふたつにひとつ。


どっちかって聞かれれば、まだ死にたくない。

記憶を失ったままなんて、死んでも死にきれないよ!!



……でも。

結城くんを始末なんてできない…っ!

結城くん…


口の中で小さく呟く。

目を閉じると浮かんでくる笑顔。

どこか懐かしくて、安心する微笑み。

最初に会ったときの傷ついた瞳。

哀しそうな笑み。


結城くんのいろんな表情(カオ)が見える。



すると胸が暖かくなって、目に熱いものが込み上げてきた。

そのまま、だんだん視界がぼやけて、揺らいできて。

堪らず頬に冷たいものが伝う。


…どうしてだろう…

私はこの気持ちを知っている。

どこか暖かくて、切ないこの気持ちを。

前にもこんなことがあった………?


そんなことを考えながらも、涙は止まることを知らない。

拭っても拭っても、溢れては零れ落ちる。


手でごしごしと擦っても拭いきれず、目が痛くなるだけだった。


その間

男はそんな私をただじっと見つめたまま、何も言わなかった。



しばらくして、ちゃんとした答えを言おうと口を開いた瞬間。


「…時間切れだな」


先を越されてしまった。


何のことか分からず首を傾げると、男はくっと笑った。

そして上着のポケットから小さな瓶を取り出すと。

壁越しに私の目の前に差し出した。

そして淡々と言葉を発した。


「お前の答えは“やらない”だな」


薄笑いを浮かべたまま言う彼に、私はゆっくりと頷く。


彼は私を少し見つめると、壁の下を軽く叩いた。

すると、小さなドアみたいに開いて。

軽く感心している私をよそに、瓶を中に入れた。


そして蓋を外す。


その瞬間、甘い香りがふんわりとしたと思ったら。

がくんと体の力が抜けて、眠くなってきた。


私は必死に意識を手放すまいと拳を握り締めたが。

それも虚しく目の前は闇に包まれた。


< 67 / 153 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop