万年樹の旅人
言われて素直に従うほど、柔順ではないのかもしれない。と、この頃のルーンを思い返し苦笑を浮かべた。だが驚くほど素直なところもある。さきほどのリュウに対しての行動もそのひとつだ。自分よりも身分の低い者に対して頭を下げるなど、他の王族、それこそアズが見たならなんと言うか。しかし彼女は、そもそも身分などというものは飾りでしかない、と考えている節がある。心のままに、在りたいように在る。それが先ほどの彼女の行動であり、思いなのだろう。
「ところでジェス」
王城と街へとおりる城門を繋ぐ渡り廊下の途中、万年樹の影のもとで突然ルーンがジェスを見上げた。どことなく怒っているふうにも見える表情に、ジェスは一瞬身を硬くする。
「……どうなされました?」
「ジェスはいつになったら私のことをルーン、と呼んでくれるのかしら」
知らず粗相をしてしまったのだろうか、と自分自身を嫌疑にかけていた矢先の言葉に、思わず笑い出してしまいそうだった。なんだ、そんなことか、と。だが当の本人はいたって真剣な表情で今にも怒りの爆弾が爆発しそうな勢いだった。
「お言葉ですが、ルーン王女はわたくしなどとは身分が違うのですよ。こうしてお側にいることだって、本当は畏れ多いことなのです」
「そう! その言葉遣いもだめって何度も言っているじゃない!」
火に油、とはまさに今の状況のことを言うのだろうか。ジェスはよかれと思って言った言葉に、ルーンは更に顔を赤くして頬をふくらませた。
「さっき一緒にいた方は友人の方でしょう? いつも一緒にいるのを見かけるわ。あの方と話をするときみたいに、わたしとも話してちょうだい」
「いえ、そういうわけには……」
いずれは王妃となる存在に向かって、ただの騎士見習いごときと同じ態度で接していいはずがない。決してリュウに対して軽んじているというわけではない。すでに問題にあげること自体が間違っているのだ。兎に向かっていつか獅子のように大きくなってくれ、と無理難題つきつけて餌を与え続けるに等しい。そんなことを言われても、兎は困惑するしか他にない。