万年樹の旅人
「やっと帰ってきたのね、ジェス!」
ジェスの真正面で立ち止まると、荒くなった呼吸を整えながら微笑った。
走ってきたせいか頬は薔薇色に染まり、額にはうっすらと汗が滲み出ている。跳ねた髪を整えることもせず、ルーンはジェスの両手を奪うように握ると、自分がきた道を促すように精一杯の力でジェスを引っ張った。
「ここでは落ち着かないわ。いつもの場所に行きましょう」
「ル、ルーン王女……あの、履き物はどうされたのですか」
ぐいぐいと引きずられるようにしてルーンの後をついて歩き、嫌でも目に入ってしまう素足に眉を顰めた。塵ひとつないよう、綺麗に整備されているとはいえ、小石がまったく落ちていないなんてことはない。ただでさえ透き通るように白く柔らかいだろうその足に刺さったら、と考えただけで痛々しい。それにせっかく整えられた爪の塗りものが、石畳にあたって削れてしまう。だが本人はなんてことはないといった様子で首を横に傾げた。
「どうしたかしら……。そうだわ、部屋からジェスが街へ行く姿を見つけたのよ。それでずっとわたし窓から見ていたの。結構視力はいいのよ? あなたの姿が見えたから、急いで来たのよ」
「ずっと、ですか? わたくしが城を出たのはもう随分と前ですよ?」
「そうよ? おかしいかしら。そう、それでね、わたし部屋では素足でいることのほうが好きなのよ。侍女ははしたない、なんて言うのだけれど」
「はぁ……そうでしたか」
曖昧な生返事をしながら、思わずため息が漏れてしまいそうになるのを、なんとか堪えて口を噤んだ。ここに来るまでの距離、随分と長い道のりを素足で駆けてきたというのだろうか。もしそうなのだとしたら、その姿を見て誰も咎めなかったのか不思議に思った。しかし、と楽しそうにジェスの腕を引くルーンの横顔を見て、ジェスは内心首を横に振った。