万年樹の旅人


 いざ集中すると、ユナの絵の進み具合は早かった。

 真っ白だったキャンバスには、公園中央にある噴水と、噴水周りを囲う赤い花。さらに遠くに見えるオレンジや白、ピンクの色鮮やかな景色を、見事なバランスで描きあげている。空からさす太陽の光も、それに照らされ輝く噴水の飛沫も、一枚の絵の中で生きているようだった。

 はっきりとした輪郭は描かず、適量の水でぼかしながら、描くというよりは、色を落とす、そんな絵柄だった。もともと外で遊ぶより、室内で本を開いたり絵を描いたりすることのほうが好きなユナは、迷いがなくなれば、とことん絵を楽しむことができる性格なのだ。

「……お前さ」

 突然かけられた声に、驚き肩が上がる。その反動でずれた筆先が、意図せぬ場所へ色が落ちた。思わずため息を漏らしそうになったのを飲み込み、振り返るとニコルがいた。

 先ほどは、あまりじっくりとは見なかったが、こうして改めてみると、彼の周りに人が多く集まるのもなんだか頷ける気がした。

 顔をしかめてはいるものの、ユナを見据える双眸は覇気に溢れ、力がみなぎっている。利発のなかにも英知を窺わせるその雰囲気は、ユナとは正反対で威厳すら感じる。それらをひけらかしたふうもなく、厭味もない。赤みの強い短めの髪は、天からぐいっとひっぱられているかのように、油で固めている。彼のことを詳しくは知らないが、おそらく貴族の子供なのだろう。だが、貴族だという背景を前面に出した様子もなく、一種の清々しささえ覚える。

 よく思い出せば、先ほども終始ねめつけられてはいたものの、嗤ってはいなかった。
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