万年樹の旅人
「その絵とは別に、今見えている景色を描いてくれないと、私が他の先生たちから叱られてしまうのよ。だから少しだけでも描いてくれないかしら?」
困ったふうに訊く教師に向かって、ユナは力強く頷いた。
「ありがとう。あ、でもこの絵はこの絵で完成させて欲しいわ。楽しみにしているから」
再びありがとう、と微笑いながらユナの前から去っていく教師の後ろ姿を見据え、言葉にできなかった言葉を胸中で呟いた。
(ありがとうって言わなくちゃいけないのは、きっと僕のほうだ)
今日、明日、というわけにはいかないだろうけれど。必ず完成させて、見せたいと思った。たぶん喜んでくれる。ラムザ爺さんの生徒であり、同じように月の物語を信じているのならば。それに、話をしているときの教師から、嘘っぽさは微塵も感じられなかった。ユナに向けての笑顔も言葉も、間違いなく本物だ。
ならば、とユナはキャンパスに向き直る。
視界の隅でちらちらと動く花や植物は、とても明るく鮮やかだ。金色に輝く花はないけれども、それに劣らない美しさがあるのもまた真実だ。それらを描くことによって、あの先生に感謝の意を伝えることができるのならば、描こうと思う。
ユナの表情には、いつの間にか懊悩とした翳りが消えていた。