万年樹の旅人
「けれど靴は用意してあったものを履きなさい。そんな姿で私の隣に立たれたら困るよ」
呆れたようにアズがため息をつく。
ルーンは思いっきりアズを見上げて、たまったものを全て吐き捨てようと大きく息を吸い込んで――やめた。唇を噛んで、視線だけで辺りを見渡せば、アズたちの様子を静観している者がたくさんいた。今回の主役ともいえるアズが近くにやってきただけでも視線を集めるのに、さらにその妹、王妃となるルーンとなにやら言い争っているとなれば、特に女性は興味を引かれるのだろう。口元を隠してひそひそと隣り合う者同士で囁きあっている姿をルーンは見た。
「……わかったわ」
たった一言それだけを告げると、最後に鋭い視線をアズに投げやり、そのままドレスの裾を引きずったまま庭園を後にした。慌ててその後を追う侍女の後ろ姿も見えなくなると、辺りは再び本来の騒がしさを取り戻していった。
「すまないね。まだパーティーは始まったばかりだ。存分に楽しんでいってくれたまえ」
言って、ジェスの隣を通り過ぎようとした刹那、確かにジェスは見た。聞いた。
アズの鋭く凍るような視線と、地獄の底から這い上がってきたかのような低い声を。
――あんな安物、いつだって取り上げられる。