万年樹の旅人

「オレはジェスの親友です。だからわかります。ジェスが姫さんのことを大切にしていたのも、女性として見ていたのもわかります。――姫さん、あなたは王族です。単純にジェスの気持ちが渡るようではいけない立場なんです。わかってあげてやってくれないですか」

 小さい子供を諭すように、ゆっくりと丁寧に繋げられた言葉を聞いていくうちに、ルーンの瞳に涙が滲みでてきた。

 もしそうだったのだとしても。今更なのだ。もうジェスはいない。言葉を交わすこともできない。けれど、そう思う反面、冷えた胸のうちがひどく熱かった。

「リュウ。お願いがあるの」

 零れそうになる涙を必死に堪えながら、ルーンはまっすぐリュウを見つめた。


「お願い、ですか?」

「もし――もしも、生まれ変わって、ジェスと出会えることがあったら、また助けてくれるかしら」

 ルーンの言葉に驚き目を見開いた。だがやがて、リュウは頷きながら笑った。

「今までで一度もやつを助けたつもりはないんですけどね。けど、また友達になれたらいいと思ってますよ」

「ありがとう……」


 言い切らぬうちに、ルーンは勢いよく駆け出した。

「ちょ、ちょっと姫さん!?」

 唐突の行動に驚いたリュウの叫び声が、駆け出したルーンの背後にぶつかった。だが、後ろを振り返りもせずルーンは、ひたすらに走った。

(リュウ……ごめんなさい)

 すっと沁みるように万年樹のもとから甘い香りが漂ってきた。熟した果実にも似た、うっとりしてしまうほどの甘さ。いつもなら、この香りを嗅ぐと、胸が躍った。だが今は違う。罪悪感が逆波のように迫ってきている。けれども、罪悪感と同時に、さきほどのリュウの言葉を思い出し、昂揚している自分もいた。

 ルーンの中で、矛盾する思いが廻りまわっていた。

(ごめんなさい……お父様、お母様)

 最後に一瞬、アズの顔が浮かんだ。

 顔に触れた虫を振り払うように頭を振ると、甘い香りが一層強く漂ってきた。まるでルーンを誘うような、強い強い香りだった。
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