恋愛の条件
「ん……ハァ……」

片桐の唇が離れたとき、もっと、と口にしそうになり、奈央はハッと顔を逸らした。

奈央は片桐にそっと身体を預け、思考を整理する。

今、自分は誰の腕の中にいるんだろうか。


(ダメだわ……ヤバイかも……)


「行こうか?」

奈央の思考を遮るように片桐の声が耳元で響いた。

「えっ?どこに?」

「フッ……どこだと思う?」

片桐が覗きこむように奈央を見た。

「///あの……」

「フッ…冗談だ。期待してもらって悪いが送る」

「///なっ、期待なんて……」


(したかも……)


「このままホテルに連れて行って抱くことは簡単だけど、俺はちゃんとあんたの気持ちを手に入れたくなった」

「片桐さん……」

「顔色が悪い。あんまり寝てないんだろ?家に帰ってちゃんと休め」

「…………」

片桐が一台のタクシーを止めた。

「あの、ここで大丈夫です。片桐さん、戻らなきゃ……」

タクシーのドアに手をかけた片桐と奈央の間に一瞬の沈黙が流れた。

何故か片桐は怒っているようだった。

「あんたってつくづく損な性格だな?」

「どういう意……ん……」

何か言いかけた奈央に片桐はもう一度軽くキスをした。

「次は遠慮せずホテルに連れて行く」

「///っ///」

片桐の指でトンと額をつかれ、奈央はそのまま崩れるようにタクシーのシートに腰を下ろした。

奈央が何も言えないままドアが閉められタクシーは発進した。

奈央は唇を押さえながらシートに深々と座った。

(最後のキスと言葉にグラっときちゃった…
「はい」って返事しそうになった……)


自分で断りながら、一瞬一緒に乗ってくれるのかと期待した。


(私ってそんな節操なかったっけ?)


------次は遠慮しない。


片桐はそう言った。

修一のことを求めながら、片桐のことばに動揺し期待する自分がいる。

自分の浅ましさと狡さに眩暈がした。


奈央はタクシーのシートに深々と身体をうずめ、このままタクシーが誰も知らないところへ自分を連れ去っていってくれないかと願った。

< 212 / 385 >

この作品をシェア

pagetop