さらば、ヒャッハー
顔向けできるかとは、またしても隠喩か。藤馬には『ここで何かあれば奥さまの耳に入る』と自身の矮小さを露見させられることに聞こえた。
死人に口なしらしく、この場にいる奴ら全て殺せば、『クソガキの噛みつき程度』で、いわゆる、大人げない対応をした事態は隠せる。
藤馬は大人げない対応ではなく、ただの“戯れ”としか思わないが、ある程度生きていればその“戯れ”がいかに“子供じみているか”を客観視できる。
それでもなお、藤馬が戯れるのは強者としての特権と――上に立つものとしての娯楽だと客観しつつも達観しているからだ。
この戯れとは強者にしか理解できない境地だ。蟻潰しをするに相違ない。なれば、藤馬は人間で周りは蟻。藤馬の目からして虫けら同然で、どいつもこいつも殺せると足を上げるが、弱い者(蟻)には上げられた足が殺害の悪にしか映らず、なぜ、そんな残忍さが披露できるんだとその者に慈愛がない矮小なる悪心をレッテルとして貼り付けよう。