美味しい時間

会社の前に着くと、少し怖気づく。
スーっと大きく息を吸い込んで、もう一度気持ちを落ち着かせ、フロアへと
向かう。

重い足取りで階段を登り終えると、今一番会いたくない人が壁にもたれかかり、
腕を組んで立っていた。
あっと思った時には遅かった。私にいち早く気づいた課長は足早に近づき、
私の腕を掴むと引っ張るように休憩所まで連れて行った。

「課長! 腕が痛いんですけど……」

「なぁ、部長の用事って何?」

あぁ、そっか。美和先輩にそう言ってと頼んだったっけ。
でもまさか、フロアに戻る前に出くわすとは思ってなかったから、そう追求
されてしどろもどろしてしまう。

「えっと、それはですね……。あっ! え、駅まで書類届けてきました」

あまりに酷い答えに、課長も呆れ顔だ。
しかし、それ以上は何も聞かず、腕を離してくれた。

「わ、わたし、戻りますね」

顔も見ず、その場から離れようとすると、鋭い声が私を立ち止まらせる。

「藤野っ! まだ話は終わってない」

はぁ……と小さく溜息をつき、振り返ろうとした……その時。

「あれ? 藤野? こんなとこで……」

目の前に同期の寺澤が立っていた。
< 133 / 314 >

この作品をシェア

pagetop