美味しい時間

「寺澤くん……」

「あっ……東堂課長と一緒だったんだ。お疲れ様です」

私の後ろに立っている課長に声をかけた。

「おぉ、寺澤。お疲れさん」

さすがは課長。さっきまでとはまるで別人のように、ピシっとした態度で
寺澤に言葉を返した。そしてそのまま私に言葉を続ける。

「藤野、今晩だけど……」

「課長すみません。今晩、寺澤くんと約束があるので残業はちょっと……」

そう言って課長に頭を下げると、ポカンとしている寺澤の手を取り、その場を
後にした。

しばらく黙って歩き続けると、「藤野~」と寺澤が困った声で呼んだ。
歩みを止めて寺澤の顔を見る。そしてペコっと頭を下げる。

「寺澤くん、ごめん。今日は残業したくない気分で……。その場凌ぎの嘘、
 ついちゃった」

嘘の上に嘘を重ねる。何やってるんだろう……。
寺澤の前だというのに、また溜息をついてしまう。




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