美味しい時間
「藤野、落ち着け」
頭上から降ってくる優しい声。たった一言そう言ってもらうだけで、私の心は
穏やかに、そして安心できてしまう。
顔を上げ課長を見つめると、大丈夫だと言うかのように一度頷き、私の頭に
手を乗せた。
「お前をクビにはしない。辞表も破り捨てた」
そう言うと、フッと含みのある笑みを零した。
その笑みの意図が分かるような、分からないような……。身体に緊張が走って
しまう。
「ははっ、そんなに強張るな。ここでは何もしないよ」
ここではって……。
ひとり勝手な妄想を膨らませて、違う意味であたふたしてしまう。顔を真っ赤に
染めて課長を睨みつけると、誰もが虜になってしまうような笑顔をされてしまっ
た。この笑顔を見てしまうと、もう何もできなくなってしまう。プイッと横を向
くと、倉橋さんと目が合ってしまった。
一瞬にして、現実に引き戻されてしまう。
「東堂課長。こんなことになって、あなたの立場も危ういんじゃないかしら」
倉橋さんの一言は、私をどん底に落とし込むのに十分なものだった。真っ赤に
なっていた顔から、サッと血の気が引いてしまう。
このままじゃいけない。私はどうなっても構わないけれど、課長は会社には
必要な人だ。
専務にその事を直談判しようと、一歩前に出て手に拳を握った。