その両手の有意義な使い方
第九話 … 繭と『絶対』
文佳にとって、自分のアパートはやっと手に入れたシェルターだった。
誰にも脅かされない繭。

そこでは、文佳以外の全てが異物だ。

部屋の隅にいくつも重ねられたクッションに埋もれて、やけにくつろいだ高遠に感じる違和感は、つまりそういうことなんだと思う。

誰もいないはずの繭の内側に含まれた、小さな異物のかたちを、繭の主である文佳は神経質に、確かめずにはいられない。

廊下の一部としか云いようのないキッチンに立ち、文佳はちらちら、横目で高遠の様子をうかがう。

クッションの柔らかさを背中で確かめたり、両手で抱え込んだり。
スチール製の本棚に並んだ文庫本の背表紙を、興味しんしんで眺めたりしている。

落ち着かない。

「行儀好くしていなさいね」

母親のようなことを文佳が云うと、貰い物のドナルドのぬいぐるみの手を振って、高遠が応えた。

ヤカンの湯が沸くのが、いやに遅く感じた。
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