桜花舞うとき、きみを想う
「まだぼくも目を通していないし、お父さんに先に見てもらったほうがいいんじゃないかな」
そう言っても、母は手を下ろさなかった。
ぼくは仕方なく、召集令状を母に渡した。
母は、しばらくの間じっと令状を見つめ、やがてそれをちゃぶ台に置くと、はらはらと涙を零した。
隣のきみは、その間じゅう、ずっと泣きっぱなしだった。
誰も何も言わない空間が、気持ち悪かった。
ここは本当にいつも賑やかな我が家なのかと疑いたくなるほど居心地が悪く、ぼくはこの現実から逃げ出したくなった。
「玄関の戸を直して来るから、出来れば温かいお茶を用意しておいてもらえると助かります」
ぼくはまったく場違いなことを言って、ふたりの返事を待たずに台所から古い箸を持って玄関に戻った。
敷居の奥を箸で突つくと、やはり大量の埃の固まりが絡みついてきた。
「この分じゃ、もっと奥も詰まっているかもしれないな」
反対側の戸も外して見てみようと、ぼくは戸に手を掛けた。