アゲハ~約束~
第一話:素直、と、嫉妬

1.

「アゲハ!」



 珍しい、桜の咲く卒業式。

 ―――が、終わった後。

 幼稚園や小学校のときにした、両親が現れるかもしれないという期待。

 そんなものはもう毛ほども持っていなかったアゲハは、友人たちと当たり障りのない別れの儀式を済ませた後、まっすぐ「家」である施設へ向かっていた。


 海沿いを、一人で。


 そのとき、後から声をかけられた。

 振り返れば、そこにいたのは同じ施設で育った「仲間」の二人。


 菊池幸人と、大沢夏梅だった。


 どちらかといえば常にクールでポーカーフェイスのアゲハ。

 しかし、二人を見るとその表情はわずかに緩んだ。



「お前、さっさと帰っちまうんだもん。追いかけるの大変。」



 大げさに疲れた表情を見せる幸人は、それでも、そのあとにかっと笑って、アゲハの、黒くてまっすぐな綺麗な髪を、くしゃくしゃっとなでた。



「卒業オメデトウ。」

「・・・あんたもでしょ。」

「はは、まぁ、そうだけどさぁ。」



 呆れたようにため息をつくアゲハ。

 けれど、その口元にかすかな笑みが浮かんでいるのを見て、幸人は嬉しそうに微笑む。

 それから、あっと彼は振り返り、夏梅の頭にも手をやった。



「夏梅も、オメデトウ。」



 後から付け足されたかのような言い方に、夏梅はすこし頬を膨らます。

 そして、



「幸人なんてもう知らない」



 と、アゲハの腕を取り、幸人を置いて先にずんずんと進んでゆく。

 幸人はあわててそれを追いかけ、アゲハの、あいたもう片腕をとった。

 そして三人は、並んで家への道を歩いた。



 他人には、諦めにも似た感情を抱いていたアゲハだったが、この二人には、多少心を許していたといえる。
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