ひとまわり、それ以上の恋
「……離れてからも由美さんのことは想っていたよ。僕にとっては特別な人だったから。それから数年経って大人になって、今度は拓海さんと仕事を一緒にする機会に恵まれた。僕にとっては憎い相手だったけどね、それから不思議と親しい友人になっていったんだ」

 市ヶ谷さんは懐かしむように冗談を交えながら言う。私はあまりのことにただ夢中で三人の過去を脳内の映写機に映していくしかなくて。

「僕のロンドン支社への赴任が決まって、挨拶に行ったときだった。拓海さんの病気を知ったのは。なんてことないすぐに治ると言っていたんだけどね……」

 ……その当時のことが蘇ってくる。
治ったら必ず、祇園祭に行こう。そう約束をしていた。

「拓海さんが病気で亡くなったと聞いて、僕はすぐに飛んでいった。しばらく気がかりで、由美さんと度々会っていた。由美さんとは何かがあったわけじゃないけど、周りから見たらいい風には見えなかったようだ。娘も思春期だから何か感じてしまうかもしれない……由美さんにそう言われて、僕は自然と遠ざかっていったんだ」

 市ヶ谷さんの表情を探って、私はこの間の母の様子と照らし合わせる。きっと、予感だけど……市ヶ谷さんは、その時も母のことが好きだったはずだ。そして母の方は市ヶ谷さんの存在をどう感じていたの? あんな風にガラッと表情を変えるぐらい、母の心には何かがあるはずだ。

いやだ、考えたくない。
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