ひとまわり、それ以上の恋
「そう、そうやって呼ばれていたんだった。あの頃、拓海さんに連れられていくまでは、ね」

 由美さんは懐かしむように目を細めて、それからカップに口づけた。

「今まで、由美さんに似た人ばかりを探してた。拓海さんが亡くなって、あなたが一人になって僕は……あなたへの気持ちを思い出しそうになったよ。それは由美さんが一番感じてたことだろうけど」

「……ごめんなさい」

「いいんだ。その上、あなたの遺伝子にまで恋をするなんて情けない話はないだろう。だから、安心してほしい」

 しばらく沈黙が流れた。今さらこんな話をして何になるのか、実際のところよく分からない。

 由美さんも混乱しているのだろう。何かを喋りかけてはため息に変えて、それから二人でしばらく外を眺めていた。雨が降り出して傘をさす人の波が駅の方へと流れていく。

 街路樹の隅に紫陽花の花が色をつけているのが見えた。京都では今頃もう先に見ごろを迎えていることだろう。

「……京都には、もうしばらく行ってないわ。あなたはご実家に帰ることはあるの?」
「少し前にね」
「ねぇ、透くん」
「うん?」

「私は……一方的に反対するつもりはないのよ。それに、あの子はこうと決めたら動かない。私と同じよ」

「そうだったね。でなければ、まだ十七歳だった拓海さんと、二十一歳だったあなたが、東京に出ていくはずがない。僕にはとても出来ることじゃなかったよ」

 あの頃の面影を探しながら、由美さんを見る。遺伝子に恋をする、などということはあっていいはずがない。そんな風に言い聞かせた。

 だが、改めて見れば、目の前にいる由美さんと円香の顔は違っていた。さっきから感じている違和感はこれだった。
< 126 / 139 >

この作品をシェア

pagetop