ひとまわり、それ以上の恋
「円香は、父親似よ。だから……あなたには辛いのかしら」

 由美さんに指摘されてから僕は、初めて気付かされる。今の今まで気付かない自分にショックだった。拓海さんに悪いと思っていた。由美さんのことを思い続けることは。そして由美さんに似ている娘に、恋をすることなど断じてあってはならないと、思っていた。

 しばらく沈黙が流れた。僕はなんて言ったらいいのか本気で分からなかったのだ。

「ねぇ、お願いよ。もしも、あなたが本気になれるならそれで構わないの。あの子は男の人を知らない。恋を知らないのよ。私が思っている通りなら、反対なんてしないから、あの子を幸せにしてあげてほしいの。でも、そうじゃないならそっとして二度と構わないであげて」

「由美さんは、随分と理解のある母親なんだな」

「両親との縁を切って東京に出てきた私にとって信頼できる人は、拓海さんとあなたぐらいだもの。大切な娘のことを考えたら自然とそうなるわ」

 由美さんは哀しそうに微笑んだ。

 僕は何も言えなかった。けじめをつけるつもりで会ったはずが、かえって胸の中に燻りを抱いてしまった。

 店を出て由美さんと別れた後のことだった。

 オフィスに戻る途中で、僕は円香と沢木の姿を見つけた。二人が並んでいて何かを話している。彼らが二人肩を並べて歩いていても、なんの違和感も抱かない。彼女にはあのぐらいの青年との付き合いがいいはずだ。年相応で、お似合いだろう。

 恋を知らない彼女の、初めての相手が……十八歳も年上の父親と同世代の男であることを、本当に由美さんは許せるのか。

 十年先、僕は五十だ。そうやって先を行って、彼女を遺すようなことがあったとしたら……思春期の頃に父を亡くした彼女は、どう感じるだろうか。それとも僕は考えすぎているのだろうか。 

もっと他にいるはずなんだ、彼女を幸せにできる男が。
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