ひとまわり、それ以上の恋
 雨が肩を濡らしていく。しばらくそこから動けなかった。肩を濡らす雨を気にかけることなどなく。紫陽花に囲まれている遊歩道の先に、二人が消えていくのを眺めていた。

『好き……』

 まっすぐな想いを向けられると参る。絆されてしまいそうになる。

『市ヶ谷さんのことが、好きなんです。もう手遅れなんです』

 目を瞑っていても、彼女の声が響いて、彼女の泣き顔が焼きついて、離れていかなかった。



「市ヶ谷さん……好き」

 円香の声が、聞こえた気がして、パッと目を覚ます。



 天井がぼんやりと沈んできそうな瞼の重さは熱のせいか。何か重力を感じて右を見ると、手を握られていた。

 円香がすぐ側でうとうとと寝ていた。

 いつ彼女はここにきたのだろう。カーテンの隙間から光が零れている。どうやら僕はまた夢の中に引きずり込まれて朝まで眠ってしまっていたらしい。

 彼女は一晩中、ずっと傍で看病してくれていたのか? ろくに眠っていないのではないか。瞼が腫れているし、目尻に雫の痕がある。
 
 泣いていたのか……。
 ふと、この間のことが思い出されて、胸が痛んだ。

 無意識だろうか。彼女の手がぎゅっと強まる。
 無性に愛しさが募って、もう片方の手をそっと伸ばして、彼女の目尻に触れた。彼女の指先がピクンと反応する。どのくらいこうしていてくれたのだろう。

 僕はとりあえず身体を起こして、それから彼女を抱き上げてベッドに寝せた。

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