ひとまわり、それ以上の恋
「……市ヶ谷、さん。……どう、して……」
 私を見下ろす市ヶ谷さんの瞳が甘く滲んでいる。

「どうしてかな。沢木にやりたくないと思った。君が、別の男と一緒にいるだけで、その日は落ち着かなくてしかたなかった。朝、君が起こしにきてくれなくなって、早くに目が覚めるようになった。君を離したくないと思ってしまった。君に泣かれると参る。君が笑ってくれると胃が縮む気になる。年だから心臓がじゃない、胃潰瘍でもできたのかと思ったよ。健康診断は問題なかったのに。秘書がついておきながらそれじゃ困るな」

 捲し立てるように市ヶ谷さんは煎って、それから私に訊いた。

「……どう答えていいか分からない?」

 こくりと頷く。その意味を期待したくなってしまうから。私はいつの間にか傷つく準備をするようになっていた。

「拓海さんのお墓の前で、僕は赦しをもらおうとしていた。それから、由美さんには、娘を傷つけるつもりなら放っておいてくれと言われた。でも、そうじゃないなら大切にしてほしいと言われた。そんな風に言ったわけじゃないけど、訳するとそういうことだ。反対されることがどれほど辛いのか、由美さんが一番知っているだろうから。娘の幸せを誰より願っている母親だから。それで、僕は何を言おうとしているのかな。こんな気持ちは初めてでどうしていいか弱ってる。僕の負けだ」

「……市ヶ谷さん」

「いつか君がかけてくれた魔法かな。解く方法があるなら教えて欲しいんだけど」

 心臓が飛び出していってしまいそう。
 それっていうのは、つまりどういうことなの? 私は期待してもいいの? それともこれはまた忠告? なんでそんな風に抱きしめるの? 
 私は混乱している。
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