ひとまわり、それ以上の恋
早朝から私は、高級住宅街の迷路に迷い込み、立派な一軒家を前にして、ため息をついた。
私のスマートフォンにメモされた市ヶ谷さんの住所――南麻布五丁目。今、ここに来ている。
一流外資系企業の副社長なんだし、年収だって相当あるだろう。家柄だって、実家は京都の老舗旅館を経営しているという。我が家のような一般的なマンションじゃないだろうな、とは思っていたけど……。
これって一軒家……?
高い塀に囲まれていて、ぐるっと回ると、ガレージがあり、その隣、鉄柵の門に出迎えられる。ひょこっと中を覗くと、庭が広がっていて、重厚な玄関ドアが見えた。
私はごく、と喉が鳴った。なんかすごく場違いだ。預かった鍵すらも見たことのない特殊な形をしていて、失くさないようにつけたキャラクターのキーホルダーが不格好だった。
緊張しながらインターフォンを鳴らす。
一度、二度、それから何秒か数えて、三度……応答ナシ。
一旦、うろうろ考えてみて、四度、五度、押してみたけど、やっぱり反応はない。
門の方は施錠されていない。私はそっと押し開いて、中へ入っていく。
重厚な玄関ドアを前にして、いよいよ鍵の出番がやってきた。
本当にいいんだよね?
朝、起こしに来てって言ったよね?
だから、反応がないんだよね?
誰に言い訳していいか分からない。
勢いで鍵を回して、そーっとドアを開くと、白い大理石の広々とした玄関に出迎えられ、おそるおそる着地したヒールの音がカツンと響いた。
ここまで来るのにもうどっと汗を掻いてる。ご褒美で買ったプラダのパンプスが、まさか市ヶ谷さんの部屋の玄関に並ぶ日が来るだなんて。