蒼穹の誘惑
みずきを乗せた車は、待ち合わせの時間より数分遅れ、イタリアンレストランの前に着いた。

だが、すぐには降りない。

みずきは高宮からもらった胃薬をクラッチバッグから取り出すと、それをミネラルウォーターで流し込む。目を閉じそれがゆっくり嚥下されるのを待つ。

その間に今夜繰り広げられるであろう茶番劇のシナリオを頭の中で組み立てる。

みずきの芝居はもう始まっている。

数分遅れたのはみずきが時間にルーズだからではない。あえて浅野を待たせるためだ。

10分以上の遅刻はマナー違反。相手の機嫌も悪くなるし貸を作ってしまう。だが、僅かの待ち時間は、逆に相手にまだかと焦れさせ期待感を煽る。

ほんの数分、男の脳内は偶像化されたみずきの美しさで埋め尽くされてしまう。

そしてみずきは期待を裏切らない。

美の女神アフロディーテの寵愛を一身に受けたような美しさで男の前に立つ。

男は皆みずきの他を圧倒する造形美に囚われ、落ちていくのだった。

そして今もまた、みずきの美しさの虜囚となりつつある男が彼女の到着とまだかと待っていた。



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