蒼穹の誘惑
「簡単な仕事だと思ったが、少しは楽しめそうだな」

男は感情の読めない瞳でじっと高宮を捉える。見定めるように目を細め、一歩近づく。

高宮は、さっと退き、拳を握る。

「どこで訓練を受けた?」

「何の、ことでしょう?」

唐突な男の問いに、初めて高宮の表情が崩れた。

「誤魔化すな。相当手馴れているな。構えでわかる。プロ仕込みだろう?」

「答える義務はありません」

構えだけで高宮の実力を推し量るあたり、この男も相当できるに違いない。

「まぁ、いい。要件を言う。一つは、お前が長谷川から一切手を引き、今後長谷川みずきとも接触しないこと。二つ目は、長谷川栄次郎の横領証拠のデータを全て消去し、手にしている証拠書類を渡せ」

「一つ目は呑めますが、二つ目は断ると言ったら?」

考える間もなく高宮は答えた。

「その時は、長谷川みずきの命はない」

「私の一存ではできません。彼女にその価値があるかどうか判断するのは私ではありません」

高宮はまるでビジネスの交渉のように淡々と話す。

「俺には関係ないことだ。呑めないなら、交渉は決裂」

「今、彼女が生きているという保障もないでしょう?」

高宮の問いを前もって分かっていたように、男は胸ポケットからスマホを取り出し、高宮に差し出した。



< 315 / 326 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop