誰を信じる?(ショートショート)
 伸は鋭い。いや、綾乃が人一倍鈍感なだけだろうか。
 確かに、筒井は綾乃の好みではあった。だが、それが桜木の前の彼氏に似ているというのは、伸に言われた後気がついたくらいである。
(筒井 豊さん……。多分、あの年だから、結婚してて……。奥さんは元キャバ嬢とか……で、息子が1人……そんな感じかなぁ。でも、あんな朝帰りとか、奥さんは許すんだろうか……)
 綾乃は自宅のキッチンで、夕食のハンバーグを焼きながら更に考えを進めた。
(でも、愛人とかいそうになかったなぁ……そんなタイプじゃないって感じ。今は子煩悩で生きてますーみたいな。でも、大通りの路地裏の店っていったら結構……)
「飯……」
「きゃあ!! いっ、いつからいたの!? アッ、熱ッ!」
 背後からの低い声に、驚いたせいで、フライパンに指が触れてしまった。とりあえずガスを切り、流水で手を冷やす。
 そんなときでも並木は、ぼーっと突っ立ったままで眉一つ動かさないで、
「今帰ってきたところ。飯はまだみたいだから、先に仕事を……」
「あのさぁ、私が火傷したのに、ご飯の心配?」
 思い切り、桜木を睨む。
「……いや」
「いやって何よ! 私が手を火傷したのよ!?」
 既に赤みが引いている指先をちらりと見たが、口は止まらなかった。
「……なんかさぁ。私、優しくされたことって一度もないよね」
「……」
「優しくしたことって一度でもある? 自分であると思ってる?」
「僕が優しくしなくても、他に優しくしてくれる人はいる」
「それは何!? 分担作業!?」
「……ある意味、そうなのかもしれない」
「何? 何が言いたいの? どうして分担でもいいと思うの? それって私のこと、どうでもいいってこと? そうよね? その分担先でどうされようが関与しないって意味よね?」
「……」
 並木はそれには答えず、ネクタイをゆるめながらくるりと後ろを向いた。
「ちっ、ちょっと待ってよ!!」
「まだ、することがあるから……」
「することって何よ……、一体いつも何してるのよ!」
「言っても分からないから」
「……………」
 この、桜木の温度が好きだった。熱くならない、いつも一定の温度を保っている姿に憧れていた。
 今までケンカなどしたことがない。今のだって、ケンカになっているかどうか分からない。だけど……。
 綾乃は桜木に対して、今までにない嫌気を感じた。
 桜木をもどかしいと思った。
 桜木にバカにされていると思った。
 桜木が、全部悪いと思った。

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