誰を信じる?(ショートショート)
 それ以上、綾乃も、筒井も何も言わなかったが、筒井はまた一人で腹を抱えた。今度はしかも、涙まで流している。
「あ~、泣けるよ(笑)、泣けるー(笑)。あぁ、ごめん、ごめん。あぁそっか。あぁ……そうなんだ……」
「……えっと」
「いや、いい。もう君は、何も言わなくていいから!」
「はぁ……」
 綾乃は暇にまかせて、飲めないビールを一口ずつ飲んでいた。久しぶりに飲んだせいか、既に頬がピンクに染まり始めている。
「はあぁあ……」
 筒井の状態が通常に戻り始めたと同時に店内の渦が外へ流れようとしていた。
「ツケなんて私は貧乏くさいことしないの!」
 後ろの席で爆笑に紛れてそんなセリフが聞こえ、本日のお会計の金額が気になり始める。スナックって一杯どのくらいだろう?2万財布にあるけど、それで足りるだろうか?
「あーあ、静かになって良かった」
 客が外に出てしまってから、筒井がカウンターの左隣に腰かけたので店内を見渡す。と、人っこ一人いない。
「今日はもう閉店にしたよ。煩いからね」
 って全然仕事する気ないな、この人……。
「はあ……」
「あれ、ビール嫌い? ごめんね気付かなくて。何? ジュースみたいな方がいい?」
「あ、どちらかと言えば」
 酔いすぎても困ると思ったので、オレンジジュースでも出してくれればと思ったが、予想に反して、出て来たのは、チューハイのカルピスだった。
「あ、ありがとうございます」
「いいのいいの、まさか来てくれるとは本当に思ってなかったからさ。嬉しかったの、ほんと俺」
「……」
 そう少し笑みながらいわれると、言葉に詰まる。
「なんか、悩みでもあるの?」
 まじまじと聞かれて、更に答え方に困る。
「この前、伸に何か相談しようとしてたみたいだったから」
 あんな、たった数秒のことなのに、よく見ている筒井に感心した。
「いいよ、なんでも話してくれて。俺、職業柄、そういうの慣れてるから」
 目を見ると、相手はそれ以上に真剣な表情をしていて、思わず目を逸らした。
「夫のことなんですけど」
 何か言わなければ、と言葉に出す。
「どうしたの?」
 聞き方が優しい。
「なんというか……あんまり女性慣れしていなくて、それがなんか、嫌になる、というか」
「……若いの?」
「ううん、もう40近い」
「それがよくて結婚したけど、ちょっと違ってきちゃったわけだ」
 勝手に要約されたが、実際はそういうことに違いなかった。
「まだ若いしね。綾乃ちゃんが大人になればなるほどそう思うかもしれないね」
「……」
 正直に溜息を吐いた。
「大人って35とかになるまでまだ10年以上もありますよ、私」
「その先もずっとだよ。女は50すぎても女だからね」
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