誰を信じる?(ショートショート)
 ここまでで既に、彼への興味を失ったという人も多いはず。だが、重要なのは、これからだ。特に、会話。大体、自分が興味がある話しかしない。例えば、目の前にいる人が自分に話しかけている場合でも、彼自身が興味がないときは、だいたい話しを聞いていない。もちろん滅多なことで、お世辞も言わない。ありのままを、現象をとらえたままを、分析し、結論付ける、というのが主な論法だ。 
 更に、桜木は綾乃に出会うまで、女性は妹と母くらいしかまともに喋ったことがなかった。しかし、当然だろう。学生時代から男子校で男に囲まれ、職場も大半が男。女の人がいるような場所に出向くこともなければ、言い寄られることもない。
 果たして彼は。綾乃と出会った時にはまだ、童貞だった。
 逆算してみよう。出会ったのが2年前、現在35歳。どう考えても遅すぎる春である。
 出会い自体は悪くなかった。友人の兄と桜木が仕事帰りに飲んでいるところで、偶然出会い、綾乃の方が一目惚れをした。
 一言言っておこう。パッと見は悪くない。長身にサラリとした黒髪、インテリメガネ、スーツに年上。
 だが、悲惨だったのは、初デートだ。あぁもう。言いたくもないが、行ったのは王道の映画館だった。ジャンルはアクション。……もう一度言おう。行ったのは、遊園地ではなく、映画館だ。
 なぜだか知らないが、後半も過ぎた頃には、彼は酔っていた。
 酒にではない。手にしているのは、コーラ。どうやら桜木は、いつになく動く画面を注視しすぎたため、酔ってしまったようだった。普段、テレビは見ない。見るのは、パソコンの画面くらい。つまり、自分で画面を動かすことにしか慣れていない彼にとって、映画館の巨大なスクリーンで、勝手気ままに動く画像を長時間眺めるということは、車酔いと同じ現象をもたらすのだった。
 そんな桜木を相手に結婚したいと思ってしまったのは、きっと綾乃が若すぎたせいだろう。出会って半年もした頃、彼がとりあえずセックスをこなせるようになった頃には綾乃からプロポーズをした。
 新婚旅行は、初めての彼の希望で北海道へ行った。昭和50年並の新婚夫婦である。どういったこだわりか知らないが、北海道の雪祭りは新婚旅行で行くものだと思っていたらしい。……相当昔のテレビの見すぎだろう。
 行こうと思えばどこにでも行けた。もちろん彼の給料のほとんどは、銀行口座に貯まる一方だったので、一生専業主婦のこの結婚も悪くはない、と思うようにはしている。
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